塔(1) クラウス少年編


「出せぇっ!」
叫ぶ声も、叩く音も、厚い壁に阻まれて下へは届かない。
ただ反響して孤独さが増すばかりだ。
ひんやりとした空気はぞっとするようなカビ臭さを含み、少年が暴れた為にもうもうと埃が舞っている。
少年の頬も汗と埃で汚れていた。

塔に放り込まれた初めはただただ暗闇が恐ろしかったが、目が慣れるにつれ今度は周りの置物が恐怖を増していく。明るい場所で見れば何の変哲も無い単なる不動の石膏でも、光の射さない塔の中ではまた別の顔を持つ。
まして、彼はまだ子供なのだ。たとえどんなに可愛げが無くとも。

父親が有無を言わさず彼を抱き上げる度、彼はまたこの恐怖を味わう。
自力で脱出不可能な密室。
崩れた青銅の騎士の持つ槍に浮かぶ赤錆の意味くらい、六つの子供でも予想は付く。
少年は必死になって叫び続けた。

ギムナジウムの反省室とは違い、中世で時が止まったかのような塔の中は、澱んだ空気が渦巻いている。
気を緩めると侵食され、自分を失いかねない。

「出せ…出せ!出せぇ…っ!」
何回も何回も鉄の扉を殴打する。
叩き続けた拳は真っ赤に腫れ、喉はからからに渇き、声は擦れてきた。
唾を飲み込む度に、微かに血の味が混じる。
それでも少年は叫び、叩き続けることを止めない。
心臓の音もそれに合わせるように体の中で震える。




「…ぼっちゃま」
扉越しから聞こえた声に、少年は急に平静さを取り戻した。
「…執事か?」
ゆっくりと扉が開き、光の筋が差し込んだ。
「クラウスぼっちゃま、もう旦那様は怒っておりませんから」
青年によいしょっと抱き上げられ、びっくりした拍子に視線が合う。
闇に怯え強張っていた体に、青年の体温が伝わり解けていく。
「そんなに怖かったですか?」
「怖くはない」
抱き締める腕の中で、少年はむきになって否定した。
「本当ですか?」
「本当だ」
「でも泣いておいでですよ」
「泣いてなんかっ!」
反論しようと声を張り上げた時、口の中にしょっぱい塩の味が流れ込んできた。
顔を擦ると手の甲が涙で濡れている。
泣くまいと必死になっているのに、どうしても涙の栓が閉まらない。
「二時間半も泣き続けた男の子はきっと強くおなりです」
「だから違う!」

その言葉に本気と皮肉と冗談が含まれている事に、まだ少年は気が付かない。







   ENDE



        Tower(2) ドリアン少年編へ進みますか?   →NEXT

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送