塔(2) ドリアン少年編



溜息も浅い呼吸も、厚い壁に阻まれて自分の体を渦巻く。
そしてその周りを埃臭い空気が取り巻く。
風通しの無い塔の中で、少年は独り黙り込んで座っていた。

普通の子供なら泣き叫ぶところだが、少年はふてぶてしいほど落ち着いていたように見える。
否、本当に落ち着いている訳ではない。
中世から流れの止まった空気が肌に触れ、暗い闇のなかから微かな音が時たま起こる。
その度、体が震え、神経が昂ぶっていく。
その恐怖と甘美を含んだ闇にゾクゾクしていたのだ。


自力で脱出不可能な密室。
その気になればヘアピン一つで錠を開けられる腕前も、内側からでは用を成さない。

ポケットの中を漁ると、音を立てて宝石がこぼれ落ちた。
ガーネット、サファイア、ルビー、そしてイミテーション。
少年が母親の化粧箱から掠め取り、怒った母親の目を逃れて没収し損ねたものだ。
少年はそれに暫くの間見とれていたが、すぐに腹這いになり、宝石をおはじき代わりに遊び始めた。
少年が身動ぎするたびに金髪が光り、小さな光が闇の中を飛ぶ。

そして、やがてそれにも飽きた。
声を上げて謝罪でもしようかと思ったが、出してくれるはずもないと思い直して止めた。

泥棒ごっこは、少年お気に入りの禁じられた遊びの一つであったが、趣味で終わらせる気は無かった。
自分の性癖も隠し通す気も無かった。
母の事は少年なりに愛していたが、それも抑止力には至らずじまいだった。







「ドリアン」
扉越しから聞こえた声に、少年は一足飛びに駆け寄った。
「父さん」
ゆっくりと扉が開き、光の筋が差し込んだ。
「すまない、仕事が長引いてしまったんだ。
怖くなかったか」
「少しね」
「一体今度は何をやったんだ」
そう言って父親は冷たい床に膝を付き、少年を優しく抱きしめた。
少年はちょっとの間迷った後、父親の額に唇を掠めた。

驚いた父親と目が合い、今度は唇をゆっくりと重ねる。
父親の瞳の中に映る少年は、あどけなさすら武器に使う手馴れの誘惑者の顔をしていた。
傍に散らかった宝石よりも碧い双瞳四つが、闇に消されず爛々と燃えている。

「母さんはもう寝た?」

11歳の少年は、既に闇を味方につけていた。



    END


本当はもっとさっぱりとした読了感であるべきなので、この時期にだしてよかったものか・・・
「明るい話を書く」って言った筈なのに。
ニュースで新しい情報が次々入る度、現実って怖ろしいと思いました。


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