溜息も浅い呼吸も、厚い壁に阻まれて自分の体を渦巻く。
そしてその周りを埃臭い空気が取り巻く。
風通しの無い塔の中で、少年は独り黙り込んで座っていた。
普通の子供なら泣き叫ぶところだが、少年はふてぶてしいほど落ち着いていたように見える。
否、本当に落ち着いている訳ではない。
中世から流れの止まった空気が肌に触れ、暗い闇のなかから微かな音が時たま起こる。
その度、体が震え、神経が昂ぶっていく。
その恐怖と甘美を含んだ闇にゾクゾクしていたのだ。
自力で脱出不可能な密室。
その気になればヘアピン一つで錠を開けられる腕前も、内側からでは用を成さない。
ポケットの中を漁ると、音を立てて宝石がこぼれ落ちた。
ガーネット、サファイア、ルビー、そしてイミテーション。
少年が母親の化粧箱から掠め取り、怒った母親の目を逃れて没収し損ねたものだ。
少年はそれに暫くの間見とれていたが、すぐに腹這いになり、宝石をおはじき代わりに遊び始めた。
少年が身動ぎするたびに金髪が光り、小さな光が闇の中を飛ぶ。
そして、やがてそれにも飽きた。
声を上げて謝罪でもしようかと思ったが、出してくれるはずもないと思い直して止めた。
泥棒ごっこは、少年お気に入りの禁じられた遊びの一つであったが、趣味で終わらせる気は無かった。
自分の性癖も隠し通す気も無かった。
母の事は少年なりに愛していたが、それも抑止力には至らずじまいだった。
「ドリアン」
扉越しから聞こえた声に、少年は一足飛びに駆け寄った。
「父さん」
ゆっくりと扉が開き、光の筋が差し込んだ。
「すまない、仕事が長引いてしまったんだ。
怖くなかったか」
「少しね」
「一体今度は何をやったんだ」
そう言って父親は冷たい床に膝を付き、少年を優しく抱きしめた。
少年はちょっとの間迷った後、父親の額に唇を掠めた。
驚いた父親と目が合い、今度は唇をゆっくりと重ねる。
父親の瞳の中に映る少年は、あどけなさすら武器に使う手馴れの誘惑者の顔をしていた。
傍に散らかった宝石よりも碧い双瞳四つが、闇に消されず爛々と燃えている。
「母さんはもう寝た?」
11歳の少年は、既に闇を味方につけていた。
END
本当はもっとさっぱりとした読了感であるべきなので、この時期にだしてよかったものか・・・
「明るい話を書く」って言った筈なのに。
ニュースで新しい情報が次々入る度、現実って怖ろしいと思いました。
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