とりかえばや物語―――by Paris_Ground


   

体を蹴飛ばされ、背中をマストに、したたかにぶつけた。手ひどく痛めつけられた全身は痣だらけだ。

海水に濡れて強張り、もつれた髪が顔にかかり、邪魔で仕方ないが、縛られた手首の自由が利かず、髪を払う事も出来ない。

 隣でビック・ジョンが疲れ果て、微かに鼾をかいて寝ていた。大きな体にロープが食い込んで、みみず腫れの様な痣が出来ていた。スペイン海軍兵に踏みつけられ、鼾が苦痛の呻き声に代わる。

 スペインの海に夕日が沈んでいく。紅い空を写し、あんなにも青かった海がオレンジ色に染まる。女装海賊、新教徒の悪魔め、そんな悪態を子守唄のように聞き流し、船という大きな揺り篭に揺られながら、私も、いつの間にか浅く短い眠りについていた。

    それでも、この絶望的な状況でも、私は暗い希望を捨てきれずにいた。

    ティリアン、どんな手を使ってでも私は生き延び、私の手で貴様を殺す―――

瞼の裏にオレンジ色の光が散り、そして、消えていった。





 ティリアンの笑い声が聞こえた。





目が覚めてもそこは海の上、体はマストに縛り付けられ、スペイン軍の監視を受けている―――筈だった。

しかし、周囲の状況は一変していた。

私は白いシーツの上に寝かされていた。足がふらつくような波の揺れもなく、ここは陸地なのだと認識した。そして、体に残っている筈の打ち身の痕もなかった。

一体、何が起こったのだろう―――?



一番最初に考えたのは、私が既にこの世の者ではないという事だった。

眠っている間に知らぬ間に絞首刑にでもされたに違いない。

父上、母上、友人達、、、すみません、私は義務を果たせませんでした。

絶望しながら起き上がると衣擦れの音がした。波の飛沫にさらされ、洗いざらしの服は、ひだをたっぷりとあしらった上等なシルクに着替えさせられていた。こんな高級なものは父が在命していた時ですら身に付けた事などなかった。

しかしベットから起き上がった時の微かな冷たさ、窓の外から見えるイギリス特有のどんよりとした天候は、紛れもなく現実そのものだった。

起き上がると、ベットの横にある小さな肖像画に目が行った。

これはなんだ?

その肖像画には私によく似た人物が写っていた。そして、今の海賊仲間によく似た男達が私の隣で笑っていた。

そうだ、彼等はどうしたんだ、無事でいるのだろうか?

急いで身支度を整え、部屋を出た。長い廊下を物音のする方に進んでいくと、一人の男が食事の支度をしていた。

「伯爵、今日はやけに早いお目覚めですね。朝ご飯ならもうすぐですよ」

 優しい声と、背丈、やや丸みを帯びた体つきは、ついさっきまで一緒だったビック・ジョンに似ていた。

 しかし違う。この人は彼じゃない。

 本物のビック・ジョンは?黒髪のパトリックは?ウィスカーは?キャプテン・ブラックは?ジュリエットは?

 そして、私の宿敵、ティリアン・パーシモンは?

 彼等を探し、私は台所を飛び出した。シルクのひだが幾度も絡みつき、足をとられそうになりながら部屋と言う部屋を駆けずり回った。

 どこにも―――何処にも彼等の姿はなかった。

 呆然とする私の耳に、滴り落ちる水音が届いた。ふらつく足を踏みしめ、すがる思いで部屋の前まで行く。

 ドアを開けると、よく掃除の行き届き、朝の光が入るバスルームがあった。曇りの欠片もない大きな鏡の前に、私の顔が映っていた。

 いや、これは私じゃない。

 なら、彼は誰だ―――?











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