片 手 袋 ―シングル―





 クラウス・ハインツ・フォン・デム・エーベルバッハ少佐の下に直属して一週間あまり経ち、ほどなくしてまだ少し肌寒い冬の終わりのお昼時にたまたま、を装ったように、声をかけられた。

「頑張っとるか、Z君」

「ええ勿論です」
 低い上司の声に怖気づき、疲れてだれていた背筋をぞくりとさせて答える。

「毎日デスクワークじゃ退屈だろう。時々は体を動かしたまえ。銃も使わんでいると手に馴染まなくなる。そうなってから鍛え直しても遅いし、実戦じゃ役に立たんぞZ君」

 普段よりも喋り方が馬鹿丁寧にゆっくりで、まるで、ここ最近慣れない書類整理のために情報部にカンヅメになって苛々しているZ「君」に言いきかせるようだ。頼りにならない子供扱いされたように感じたお陰で、Zは輪をかけて苛々していた。

「退屈だなんて。僕みたいな新米が生意気なこと言える程この仕事に慣れちゃいませんよ。それにジムには先輩達に連れてってもらう時もありますが、射撃の方はまだ……」

「何だ、まだ案内してもらってないのか?不親切な先輩ばかりだな」

「いえ、まだIDが無いんで使用許可がおりないんです」

「……まったく。人事は何をしとるのかね」

 そう言って少佐はタバコにカチリと火を点けた。だがそういう少佐も今だけは休憩中らしく、机の上の灰皿にある吸殻の山は仕事の時より少なかった。

 正式なIDカードが受け渡されるまで、今の所は自分と上司の認識番号とサインが書かれた薄っぺらい書類が証明代わりだ。地下にある射撃練習所はIDカードをゲートに通して暗証番号を入力しないと、銃器類の持ち出しを制限するためゲートにロックが掛かってしまう。

「しょうがないな、俺のを持ち出しても構わんから使うといい。今週の暗号数字と、それから……」

 上司は座ったまま椅子をくるりと優雅に半回転させると、机の引き出しをあけてガサガサと書類の山を取り出し、机の上に積み上げてから何か白いものを取り出した。

「練習用だ、一緒に使うといい」

 カードと一緒にZの掌に強引に渡されたそれは、だいぶ年季の入った機械油で薄汚れた右手だけの手袋だった。





   −Level 1−



せめて黒か茶色だったらいいのに。

そうもの思いに沈みながら、目の前にある右手、正確には右手にはめられた、汚れた手袋をZはじっと見つめていた。

自分より少しだけ年上の、そして小柄でチャーミングな女性がひやかすかのように「頑張ってね」と声をかけて通りすがっておきながら、隣で次々と標的に着弾していく。

Level 4の、9連発3セットで27発中、23発は命中しなくちゃ、話にならんからな―――上司にそう言われたものの、候補生であった頃の勘は、そう簡単には戻ってきてくれない。練習だってもう一時間になる上に、上司の試練とか試験とか圧力とかなど思い悩んだその他諸々に負けて、じりじりと焦げるように集中力が衰えていく。それに、狙いが遠くて―――

「たった10mでも変わると相当違うだろ?いきなり70mに挑戦するより、30mから徐々に慣らしていったほうが上達が早いよ」

「そうそう、その方が銃の反動の癖も早く分かるしな」

 優しい声に振り返ると、世話焼きの先輩と、世話を焼かれっぱなしらしい、一番親しみやすかった先輩コンビ二人が仲良く立っていた。

「あ、こんにちはA先輩B先輩。今から一緒に練習ですか?」

「僕はこいつの付き添いだよ。なあB」

 そう言って隣の友人の頭を軽く小突く。

「何言ってんだよ…そうだA、折角だからZの面倒でもみてやったらどうだい」

「僕はお前の面倒を見るので手一杯なの!」

同僚の後頭部をAはきりっと睨んだが、元の温和な顔立ちと小柄なので、いや、それというよりもそもそもとっくの昔に怒られるのに慣れきってしまっているので、怒られた方は全然気にも留めていないようだった。

「じゃあZもいることだし、30mから徐々にやろうかな」

 Aの溜息などものともせず、丸い頭を左右に振りながらZの傍のレーンに陣取って、選んできたやや大振りの銃を横にあるカートに置く。そして初めてZの右手に目を留めた。

「おい、懐かしいなあ。その手袋。しかし随分汚れたなぁ」

「B先輩も使ってたんですか?」

「勿論だよ、少佐に無理矢理使え使えって、耳にタコが出来るくらい言われたもんだよな、A」

「え、そう?……僕は別に」

 二人で顔を見合わせた後、Aは不振そうにZの右手を見た。

「大体何で練習に手袋なんか使うの、聞いたことないよ?」

「そんな事も知らないのかよA」

「使った事もないよ」

「体重がしょっちゅう変化すると手の厚みもしょっちゅう変わったりするだろ?だから指の厚みが微妙に変わっても些細な影響がないよう訓練するためだよ」

「あのなあ、B。お前そんなにしょっちゅう体重なんて変わんないだろ?」

「それ、どういう意味だよA」

「言葉通りだよ、ダイエットなんて三日も続いたことないじゃないか」

仲良く喧嘩する二人をよそに、Zは気持ちを切り替えることにして正面の標的に向き直った。

銃を構え直し、すばしっこい標的に瞬きせずに狙いを定める。隣の二人もZの様子を見てからは先輩らしく自分たちも練習にかかる事にしたようだった。

5回引き金を引き、ダン!ダン!ダン!ダン!と命中音がしたところで弾が切れ、充填しようとレボルバーを回した時、

ダダダダ・ダダダダダn!!と隣で小気味良い音が響いた。

条件反射のように横を見ると、普段はおっとりと、少し辛辣に言ってしまえばのほほんとしている先輩の顔がいつもとは違って見えた。口元は横一文字に引き締まり、目線と手首だけが的を追って、銃口が的確に狙いを定めている。

そんな友人を見据える先輩も微動だにせず腕を組んで、厳しい顔のまま何も言わず、頷きもしなかった。まるで実戦でフォローやサポートなんて出来やしない。頼るなら自分に頼れ。そんな風に同僚に、ひいてはZに言うかのようにも見えた。

これが実戦の顔か、と直感した途端、自分の中にある甘さを自覚してしまい、恥ずかしさで指がわずかに震えるのを感じた。

「もう少しトリガーを軽く引いた方が連発しやすくないか?」

「実戦では連射したら逆に弾が足りなくなって危険だから別にいいんだよ」

 そう言って、いつもの通りにこにこ笑ってからZの方に顔を向けて、さっきと同じ真面目な顔でZに言った。

「Z、お前撃つ時に片目で見ようとする癖があるぞ。ちゃんと目を細めずに見れば撃つスピードが速くなる」

Aが、おっ、というような顔でBを見たので、思わずZは苦笑しそうになった。

その代わりに少しだけ肩を震わせながら、誠実に頭を下げた。





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銃器類の描写、ほとんど嘘クサイです。調べて書けばいいんだろうけどやたらリアルになっても「それが何?」と思ってしまったらオシマイだし、別に兵器マニアが来ている訳でもないから突っ込まれる事もないだろうと(w
A君とB君が書けて幸せ。春先にB君の頭をぽふぽふしてみたいです。何故か髪の中にボールペンとか隠れてたりしそうですが………次はきっとGちゃんですね。




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