Monty Python's flying circus--------「Fifty-Fifty」


   

シーツの上からグレアムの繊細な手が、神経質そうに私の胸を触った。

持て余してる、という表現がぴったりくるぐらい不器用な(というか慣れない)手つきがくすぐったい。

思わず転がるような笑い声を上げそうになったけど、確かここは喘ぐ場面だった筈。

喉まで出かかった笑い声を飲み込むと、グレアムも似たような表情をしていた。

ただ、ちょっとばかり目が虚ろ。

こっそり揺さぶったのも虚しく、グレアムが今日何回目かの欠伸をした。

そんなに大きく口を空けたらカメラに写っちゃうじゃない。



予想通りカメラマンから文句がかかり、グレアムがしおらしく謝った。



「もー、イイ事の最中に眠いなんて、まだまだ飲みが足りてないんじゃないっすかー?」

苦笑いしたカメラマンの皮肉に、

「さっきエリックにグラスを取られちゃってさ」

と、さも真面目くさってグレアムが応えた。



もし世界が百人の村だったら、100人中11人が同性愛者。

ここに6人の男がいて、その内1人がそうだからって、

ここは紳士の国、別にとりたてて不思議な事でもないわ。



不思議なのは、



妙齢の美女と共に同じベッドに寝そべり、カメラが回っている時によく眠くなれるわねーー!!と文句の一つや二つも叫びたくなるその神経。







次のスケッチの準備があるからと、他の5人は別の部屋に引っ込んでいる。

今頃、誰がグレアムを呼びにいくか決めかねて、くじびき作って挙句マイケルが引き当ててゴメンくださいとか言って怯えたようにドアをそろりと開けて入ってくるか、エリックあたりが嬉しそうにニヤニヤと「奥さんイク?イッちゃう?」とか言って………



もう!

そんなに興味シンシンなら、誰かグレアムと変わってくれればいいのに。





5分の1の確率で誰かが貧乏くじを引きあてドアをノックした。

とりあえずエヘンと咳ばらいして、その後3回わざとらしくエヘンゴホンアーと続けた。放っておいたらずっとやってたかもしれない。

「なに遊んでんのジョン」

「グレイこそ、いつまでも楽しんでないでさっさと切上げなさい」

「別に楽しんでる訳じゃないんです」

「そうなのか。なんなら俺が変わろっか〜?」

「キャロルと〜?」

「何でだよ、まあ早めに済ませろよな」

それだけ言うと、妙なぐらい大きな足音が去っていった。



その後の収録は面白いように進み、グレアムもうって変わってご機嫌だった。

これだから、「彼等はまるで夫婦のようなライターコンビだ」と冗談半分本気半分で言われるのだ。



勿論それは私が気にする事じゃないけれど。







収録が終わった後、グレアムに文句の一つも言いたくなってBBC内を探し回っていた。

遅刻した分の埋め合わとしてまだ局に残っている筈だから。



少し歩くと階段で降りてくるジョンとすれ違った。



「ねぇジョン、グレアム見なかった?」

「何だ、用でもあるのか?」

「別に。ちょっと諸注意があるだけよ」

「そんな事なら俺が聞こうか」

「どうして」

「そりゃ一応ライティングパートナーだからな」

それに、とジョンは付け加えた。



「グレイは人の言う事を間にうけすぎるから、俺というコメディアンのワンクッションがあって丁度いいんだ」



その言葉に優しさよりも度の過ぎた過保護っぷりを感じとってしまった。

それともグレアムに対するやっかみなのか。ジョンは誰にでも優しいというのに。

ついつい口元が歪んでしまう。



「ならちゃんと伝えておいてよ。収録前にはメイクは済ませてスタジオ入りして、飲酒は勿論だけど何よりベットで―――」

「―――爪を切らない?」

予想外の言葉にびっくりして見上げると、ジョンが大きな肩を震わせて笑った。

「な?深刻な時ほどコメディは必要なんだよ。それじゃちょっと言ってくる」



ジョンが軽快に階段を二段飛ばしで駆け上がっていくと、私は踊り場に取り残された。

さっきのジョンの笑顔をもう一度頭の中で再生しようとしたけれど、灰色のノイズが邪魔をした。



そのままそうしていても仕方が無いのでロビーに降りて、明日の収録時間の確認をしていると、ジョンが息を切らせて、やたら嬉しそうに階段を駆け下りてきた。



「凄いんだ、グレイの奴が言うには『どこが面白いのか分からないな、拷問部屋で読書をするようなものなのかな?』だとさ!奇抜すぎてスケッチで使えないのが残念だよ!」



どうやらグレアムに上手くはぐらかされたらしい。





   





雨の日の合間を縫って、屋内組と屋外組に分かれてロケをしていた頃だった。

でも別に、季節はあまり私に関係ない。

暑かろうと寒かろうと、雨やスコットランド兵が降ってこようと、撮影が決まったらその三割は脱がなきゃならない。

勿論、これは出来ないという限界だってあるし、メンバーにも伝えたことがある。



 海岸を裸で走るのは嫌だとか、

 出来れば手で隠したいとか、

 せめてトップレスにならないかとか、

 それとグレアムと一緒の撮影は嫌だとか。



無理かと思う注文をマイケルは快く承諾してくれたが、最後の一つには

「ちょっと難しいかなぁ」と首を振った。

「どうして?」

「だって、ジョンが代わったらジョーンズがやっかむし、

 ジョーンズがやればジョンがやっかむし、

 僕と交代すれば、ジョンとジョーンズがやっかむんだよ」



 要するに、だれか一人にイイ思いをさせるぐらいなら、安全牌のグレアムに任せた方が良さそうだ、ということらしい。

 当然、今日の撮影もグレアムと一緒だ。

 ああ、またそこで欠伸なんかして。

「ちょっと、昨日はちゃんと寝たの?」

「寝たつもりだったんだけど、夜中に起きて、睡眠薬代わりに一杯と思って」

「ボトル一本空けたの?」

「呑み友達がいなかったから半分だけ」

そしたら目が覚めちゃったから、なんとなぁく起きてた、と弁解らしいことを言った。

「それにしても眠いなぁ」

「ちょっと、ここでは寝ないでよね」

「心臓の音ってなんか安心するんだよ」

 そう言ってグレアムが体を丸めて笑い出した。

「胎児になった気がする」

そうだとしたら、随分と大きな胎児だ。

しかし、そんな図体の大きな子供が実は嫌いじゃなかったりする。

 母性愛なんていう大げさで大胆なものじゃない。

 母性愛なんて庇護欲のかたまりのようなものは、ジョンがグレアムを所有したがるのと紙一重であるかもしれない。

 けれど日頃周りにいる恋人に対する愛情と、女友達に対する友情、そして男友達に対する一歩退いてしまう友情とは一緒にまとめることは出来ない。

 そして、ジョンがそう呼ぶことを認めてくれたらの話だが―――彼に対する友情とも。









 いつもの様に大幅に撮影を引き伸ばして取り終わった時、私はちょっと青ざめた。

セットが凝っている時の撮影場所は化粧室から遠いため、一緒に着替えも持っていくのだ。

人目に付く所に置きたくないし、着替えをする場所もない。

だからそうしてシーツの下に隠しておいたはずの下着が、ない。

「どうしたの」

「着替えが・・・なくなってる」

 グレアムがシーツの中に頭ごと潜り込んでごそごそと引っ掻き回した。

「ぼくのも無い。小道具と間違えて休憩中に誰かが持っていったみたいだ」

「部屋まで戻らなきゃ、どうしよう」

 撮影で脱ぐのとは訳が違う。締め切ったロケ地ならともかく、長い廊下で人と会わない筈がない。

「じゃ、ちょっと隣の衣装部屋のほうを見てくる」

 言ったが早いか、止めるより先にグレアムがベットから降りて、部屋から出て行ってしまった。

「ちょっと!せめてシーツとか何か…」

 遅かった。

 ドアの外からエリックの切れ切れの悲鳴が微かに長々と聞こえた。







暫くしてグレアムが戻ってきた。

両手にいっぱい、と言いたい所だが、随分なガラクタばかり抱えて。

それは衣装部屋なんてガラクタの宝庫だから当然といえば当然ではあるのだが。



「その辺にあるもの、色々引っ張ってきたんだけど、着れそうなのあるかな?」

「これ、確かジョンが着てなかった………!?」

 よりによって、と両手に摘んだピンクのビキニを見つめた。

 他の女の子が着ていたのもあったのに。

「大丈夫、洗濯はしてあるから」

「でもサイズが合わないでしょ」

「女物は伸び縮みするから大丈夫だよ」

「何でそんなこと知ってるのよ。そうじゃなくてサイズが大きいの」

 しゅん、とするグレアムを見て流石に言い過ぎたと思い、

「着るわよ、ありがと」

 そう言って、上からのりが効いている白衣を羽織った。

「よく見たら、グレイが着れそうなの全然持ってこなかったのね。一度楽屋に戻って取ってくるから」

 そう言ってひやっとするノブを握り、ドアを開けた。そのついでに大急ぎで着替えてくるつもりだった。

 目の前に巨大な壁があった。

ジョンだった。

「キャロル、何て格好だい」

 上から下まで視線が移ってからジョンが言った。

「自分じゃあ分からないけど、どんな格好なのかしらね」

「なかなか随分いい格好だよ」

「随分な格好って事かしら?」

「そんなつもりで取るなよ。セクシーじゃないか」

「ならいいですけど。入るの?」

頷いたジョンとすれ違うようにドアから出て行った。







 楽屋に戻ってシャツを着て、スカートに履き替えてから、椅子の上に無造作に置いてあった服をかき集めると、靴下も履かずに部屋を出た。

ほら、グレアムだって風邪を引くかもしれないじゃない?

 失礼な言い方かもしれないけど。



戻る途中で廊下の電気が消えていることに気が付いた。

もうカメラマン達は作業を終えて撤収したのだろう、器具倉庫にも鍵がおりていた。

この鍵というのは実は撮影中に何度も無くして、その度ごとに人を集めて無理矢理蹴ったり叩いたりして外すから、結構脆くなっている。

でも、誰も取り替えようとは言い出さない。



部屋のドアをノックしようとして立ち止まると、中の声が聞こえてきた。



「………だから、………て言ってるだろ」

「言ってないよ!大体………は………」

 ジョンとグレアムが言い争っているようだった。

 好奇心に負けて、というよりは入るタイミングを逃しただけなのだけど、様子をうかがってドアに耳をくっつけた。



「………てた!」

「してない!」

「デレデレしてた!」

「してないって!」

「だって見たよ!してたよ!鼻の下伸ばしてたよ!!」

「思い込みだって!大体キャロルよりおまえの方が可愛いって!」



あ、酷い。



「可愛いとかそういう問題じゃないの。見てたでしょ!!」

「そりゃ挨拶する時に顔を合わさないってのは失礼だろ?」

「じろじろ見るのだって、失礼って言うんじゃないの!?」

「べ、別に見とれてた訳じゃないだろ?見つめ合ってたわけでもないだろ!?」

「見とれてたとかいってないでしょ!大体胸しか見てなかったじゃないか!!」

「お、お前な、そういう言い方するなよ!」

「白衣って胸元がばって開くもんねーそりゃ見とれるよねーーー」

「………そりゃちょっとは見てたかもしれないけど」

「やーっぱりジョンは女の子が好きなんでございますかね〜〜〜」

「だから、そういう言い方をするなって。」

「ジョンってばオヤジーーー」

「やめろって」

 グレアムの口の悪さに、どんどんジョンの旗色が悪くなっていくので加勢のつもりでドアを開けた。

「ちょっとグレイ、ジョンに絡むのもいい加減にしなさ………」



 グレイが裸なのは分かるけど、



 ………ジョンは?





 こういうときは場面がより一層悪く掻き回されるものらしく、

「で、胸はあるのとないのとどっちが好きなの」

 とグレアムが小声で言った。

 多分それはグレアムが言うべき科白じゃないと思うし、ジョンが答えるべき質問でもないと思うし、私がつっこむ場面でもないはずだった。

「………いや、無くてもいいけどちょっとはあった方が」



そんなの微妙過ぎ!!








   



 スケジュールを調整していたエリックが、「次のスケッチは女の子入れるから、きちんともてなしてあげてね」と言ってきた。

 そりゃある程度は準備ってものはしている。

 握手して、「よろしくお願いします」って言って、ちょっとはにかむ様に笑えばいいのだ。

 このはにかむようにってのが重要で、下手に笑うと彼の生来の身長のために威圧感が出てしまうのだ。

 かといってあまりに親しげにすると、いきなり妙な歩き方をさせられる羽目になる。

 一体どうすればいいってものか、そう考えていると顔をいつの間にかしかめているから、グレアムに

「少しはぼくを見習って愛想というものを学べ」

 などと横柄な口を叩かれた。

 愛想が簡単に学べるものなら苦労はしない。

 ついでにこの無駄な考えをめぐらせる時間も要らないはずだ。

 彼は溜息をついた。





「ジョン!」

 後ろから声をかけられて、振り向いた後、ジョンは我が目を疑った。

 そこにいた一人の一見南蛮の女性はキャロルに間違いない。だが、もう一人は?

 威圧する様な身長かそれとも生来の為か、彼を気安く呼ぶ奴だって滅多にいない。ましてや初対面の女性が………??

というか、女性にしてはやけに上背が高くないか?俺と同じくらいあるぞ!?

「グレイ?」

「正解!」

 にかっと笑って、グレアムがじゃーんとかつらを外した。

 ドーランを塗った顔がその下から現れる。

「やっぱジョンはすぐ分かっちゃうな」

 そう言ってかつらをくるくると指先で回す。綺麗に撫で付けられていた髪(というよりかつら)が振り乱された。

「お前何やってんだ」

「次の衣装合わせです」

「ちょっと、ウィッグは外さないでって言ったわよ」

 慌ててキャロルが有頂天グレアムの手から長い亜麻色の髪のかつらを取り上げた。

「うぃっぐって何?」

「知らないの?」

 はー、とキャロルが溜息をついた。

 傍で見ていると、この二人は揉めどうしのように見えるが、その実グレアムはキャロルを信頼しきっているし、キャロルはキャロルで小言を言いながらグレイの世話を焼いている。

 一昨日のようなことがあったにもかかわらず、キャロルもグレアムも普段通りに接していた。

 少し自分に対するキャロルの言葉遣いが悪くなった程度で。

 少し………?

 いや、かなり。



「私より先に飛び出すし、これじゃ賭けにならないじゃない」

「賭けってグレイ、今度は一体なんなんだ」

 また何か、と半ばうんざり、半ば興味しんしんでジョンは尋ねた。

「いやね、ジョンが僕と分かるかどうか、キャロルが分かる方に賭けて、僕が分からない方に賭けたんだ」

 賭けに負けた筈のグレアムが笑顔なのに対し、勝ったらしいキャロルは機嫌を悪くしたらしい。

「エリックなんて、グレイに向かって『ミス』なんて言うのよ、失礼しちゃう」

「気にしない。なんにしろテリージョーンズが僕、エリックがキャロル、マイクもキャロル、ジョンが僕だから結局ドローでいいでしょ?」



 ギリアムが、と言おうとして止めた。あいつはキャロルに惚れている、グレイの女装になんか目もくれず、一直線に飛んでくるに違いない。わざわざグレアムの負け星を増やしてやることもないだろう。

それに、



女ってのは競うが華っていうじゃないか。





キャロルが聞いたらまた怒るかもしれないが。







END








書いてる間に分かってきたのは、三人の力関係。AはBに強いがCに弱く、BはCに強いがAに弱く、CはAに強いがBに弱い。これじゃ三竦みで話が進まない。

オチに入れようと思った「アッチラ・ザ・フン・ショー」が見れずじまいで消化できなかったのが悔しい所です。どうもDVDにはいつでも見れる!という安心感のある近場の遊園地みたいなものらしく、買っても未見のBOXが幾つか………パイソンBOXどうしよう。




2004/01/13 改訂して1ページに直しました。
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