Even If I Can't Love You−−−(3)
巴里千佳
部屋の片付けも済んで元来た道を車が走り出すと、夕暮れ空の橙色の光が褪せ始め、ヘッドライトと店のネオンが照らし出す道路以外は長い影に包まれた。

病院の中も老朽が進んだ照明で照らされ、緑色のニノリウムタイルが小気味いいカツカツという響きを吸収する。

きゅっきゅっきゅっ。


きゅっ。

扉の前で足音が止まって、手をかけた一瞬、少佐は扉の前で硬直した。

話声、いや。

非難混じりの罵声だ。



ためらっている隙に、扉がスライドし、喪服を着た女が逃げるように飛び出してきた。

金色の巻髪が翻り、肩をかすめた。

女に気を取られていた一瞬に音をたてて扉が閉まり、部屋の中のひんやりした空気だけが漂っていた。



静かに扉を開けるとその冷たさに肌が震えた。白いシーツが並ぶ一角に光る金髪がうなだれていた。

扉の前の少佐に気が付くと、伯爵は血の気が失せた顔をあげた。

「何故戻ってきたの?」



なんでって。

二の句がつげなかった。

オレに聞くなよ、オレだって分からないんだから。

優しさとか愛情とか、虫逗が走るような理由ではないし、同情とか憐れみから派生した行動でないことも分かってる。

お前のような男に電話一本で呼び出されノコノコ現れる頭の幸せな男じゃないのだ絶対。



少なくともお前の為じゃない、そう



「自分の為に」

「そう」

伯爵は溜め息をついた。

「そうだと思った」

顔を伏せると長い金髪が彼の膝にかかった。

先の女より、鮮やかな色に光りながら。

「あの女は?」

「・・・姉さんの事?」

弱りきった声に彼は怯んだ。

「何かあったのか」

「別に」

「そうか」

一歩後じさりして、彼が座っている隣りに積まれたリネンの束に腰を下ろした。

本音を言えば、待ちの体勢は苦手なのだが。しばらくそうして窮屈な時間に耐えて黙りこくっていると、伯爵からきりだしてきた。

「君、母さんに怒られたことはあるかい」

「有るわけないだろ」

「真面目ないい子だったわけだ」

「いや、叱るのは執事の領分じゃないから叱られなかっただけだ」

物心つく頃から、次期当主として屋敷に君臨することを自覚していた彼に、手出し出来たのは彼の父親のみだった。

そこが有能な熱血執事の限界だった。



「私は母さんに叱られた記憶しかないよ」

「さぞ素行の悪い子供だったんだろう」

「そうだったそうだった」

そう言って、彼は少しだけ笑った。

「下の姉さんだけど、今日久しぶりに会った」

「さっきの女性か」

「怒った顔が似てるような気がしたんだけど、その顔がもう思い出せない」

もう何年逢ってないんだろう、とつぶやいて、彼は体を傾け、目の前のシーツを引きずり下ろした。

ベッドに硬直した死体が横たえられていた。傍にいる彼から色と筋肉をそっくり褪せさせたような女の躰は随分と頼りなくみえた。

「思うんだ、もしあの時母さんを選んでいたら傷つけずに済んでたんだって」

ジェントルマンとして徹底的な再教育を受け、自分の感情を押し殺すことになっても、その場をしのぐ様な胡麻かしでも、過去から現在までの様に母に見限られる結果にはなりはしなかっただろうに。



近づくと、彼の唇が青ざめているのに気が付いた。

何時間母の骸と彼自身と向かい合い、自分を責め続けていたのか、部屋の冷気で彼の肌も死人のようだった。



ぞっとする。



「もう出よう」

 かけた言葉に伯爵が首を振った。

「鏡を見ろ、お前、今にも倒れそうな顔だぞ」

「・・・そんなことは」

「出よう」

そう言って手を掴むと吸い付くような冷たさに背筋が凍った。
振り払おうとするのをさらに強く握り返して、扉まで急いだ。

暖かい空気が肌に触れ、ほっとしたのも束の間、伯爵が手を振り解いた。
「伯爵、逃げるな!」
「逃げてなんかないよ!」
 そういいながらもなお戻ろうとするので、思わず抱き止めた。
「違う、俺が言いたいのは、現実から逃げるなって」
 抱きしめた体がまだ冷たかった。

「もう………放して」
予想外に神妙にされたので、それ以上押し切る訳にもいかなかった。

手を放し、距離を置いてみると、互いに相手の顔がよく見えた。



その顔を見て少佐は言った。

「結局、死人の前だろうと十年先や後だろうと、どんなに上手く立ち回ってもお前はお前だ」

「こんな慰め方ってないよね」

そう言った伯爵の唇は、いつもの様に紅色がさしていた。

その唇が動いた。



死者に平穏あれ。







部屋を出て、外に出ると、空気が花の香りを運んできた。

多分、季節にそぐわない百合の匂いだ。温室で咲くからか、幾分匂いが弱い。



「悪いがそろそろ帰らせてもらう」

車の鍵をポケットから取り出したところで、

「来てくれてありがとう」

助手席側の窓越しに、そう何度目かの礼を言われた。



「Good Luck」

エンジンの音と伯爵の声が重なった。

走り出した車から、彼がどんどん遠ざかっていく。

最後の一本のタバコに火を点けながら、今になって、先程の理由を考えた。





彼のことを愛している訳ではないが、

それでも

傍にいることは出来るから。





END



これには元ネタがありまして、シャ乱Qの「俺のこと愛せないとしても」という歌詞です。マンマです。ポップでいい歌詞です。そっちは当然呼び出された方にその気がある訳ですが、少佐×伯爵で書いてみたら・・・・・呼び出されて何千kmかけて駆けつけて抱きしめて、まだ愛してないと言うか。最強だ。
因みに(3)から携帯を導入しました。旅行先では楽しすぎてほとんどいじってませんでした。あと・・・あれですね、携帯だとどうしても文が短くなってしまう傾向があります。短編ではともかく、長編ではキーボードが使いやすい気がします。
03/9/21―――しつこく最終更新。(3)のラストを手直し。


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