A simple inquire 「簡単な質問」


凍ってつくような寒い風が吹きつけ、木の窓枠が音を立てて軋む。窓ガラスはミルク色に曇り、同じように白い外の世界を隠す。

ブリキ製の薪ストーブの上に据え置かれたヤカンが更に白い湯気を立てている。ミルク色の水滴はいつしか透明な粒となり、つう、と涙のように垂れ、アルミのサッシとゴムの目張りの間に一筋の川を作り出す。

少佐は入り口に背を向け、寝台の上に横たわっていた。

一週間前に負傷した足がこの寒さで思い出したかのように時折引きつる以外は、他の体の部分はいたって健康だった。

精神の方はといえば、この揺らぐ事ない寒さで完膚なきまでに痛めつけられ、随分と参っていた。

負傷兵でも少佐の階級になれば、一般病棟ではなく、個室が与えられた。
高い枕で寝られると喜んだのも束の間、急ごしらえの個室は下士官の喧騒から遠く、寒さが染み入ってくる。
それを分ってのことなのか、少佐の上官がしげく通ってくる。
しかし少佐はその上官の身なりのよさ、泥のつかない靴、あばたを触る仕草をなんとはなしに気に入らなかった。その感情は一週間前に軍医の下を離れこの部屋に来た時から膨れ上がっていたものだった。
暫く安静にしていなさい…その軍医の指示を守り、少佐はベットの上でじっとしていた。

上官が見舞いにと部屋にやって来た時、ストーブばかりが紅く燃え、空気はからからに乾燥していた。
かすかにノックをして入ってきた上官は、部下に水を汲んでこさせ、ストーブの上に置くと退出しろとのそぶりを出した。

少佐は部屋の空気に喉の渇きを覚えながらも、傷の痛みから来る体の熱とむくみにうかされるように寝入っていた。

彼は少佐の顔をじっと見つめ、そして極寒の外の気温と部屋の空気に水分を奪われて、紅いひびの入った唇を見つめた。
彼は暫くその唇に目を奪われていた。伏せられている睫の長さに心を動揺させていた。
そして粗末なサイドテーブルの上の膏薬を取り、蓋を開け、指に取り、薬でぬるりとした指先を少佐の乾いた唇に指を近付けた。

「何をしているんですか」

少佐が目を開けた。

上官は反射的に手を離した。そして唇に近付けた自分の指先にワセリンを擦込み、もみ消しながら言った。

「君は、女性に手紙を出すか」
「Nein、サー」

「では恋人はいないのかね」
「Ja」

「女性に興味はないのかね」
「……Nein、サー」

上官は声を立てず笑うと外へと出て行った。

ドアが閉まった後も動悸はなかなか治まらず、少佐は乾いた唇を舌で舐めた。
鉄の味と鋭い痛みが口に広がった。
何か割に合わない、つまらない罰を受けた気がした。

少佐はサイドテーブルを見た。湿布薬、包帯、消毒薬と一緒に、あの時上官が持っていた軟膏が置いてあった。
薄い毛布を首まで引き上げ、少佐は目を瞑った。そしてなんとか眠りにつこうとした。
その時、コンコンと軽いノックの音がした。入ってくる時のオドオドした声、膝を付くときの靴の音、薪を積みくべる音からして、新米の兵士らしかった。
少佐は安堵して寝返りを打ち、兵士の顔を見た。
短く刈った金髪が、くっきりとした目鼻立ちに似合っていた。
ごく若い兵士らしかった。煤で汚れた手際の悪さから見て世間擦れした様子軍隊慣れした様子もなかった。

「君は女性に手紙を出すのか?」

上官と同じ簡単な質問を、少佐は兵士に繰り返してしまった。
「Ja、サー」

「では恋人がいるのか?」

「Nein、サー」

「……女性に興味はない?」

「Nein、サー」

「そうか」

興味を失ったというばかりに、少佐はくるりと壁に寝返りを打った。

暫く薪がパチパチとはぜる音が続いた。

「少佐……」

まだ居たのか、と少し驚いて振り向くと、ストーブの熱をうけた照り返した兵士の顔が赤く見えた。

不慣れな薪をくべる作業の手を止め、枕元に目を泳がせていた。

少佐は内心動揺していた。
そんなつもりじゃなかったと言ってしまえば、それで収まるのだろうか。
あまり初心な子をからかうのではなかったか。
いや、簡単な質問だって分る奴には分る代物だ。
寝たふりをしていればよかった、と少佐は一人後悔した。



「その薬、いただけないでしょうか。この頃酷い凍傷で」
「…ああ、持っていくといい」
そういうと兵士はワセリンをポケットに入れ、
「失礼します」
とドアを、締め切らずに出て行った。

少佐は思案した。
「あの小悪魔め、嘘をついたな」
しかしワセリンにのばした手はあかぎれこそあれ、霜焼けにすらなっていなかったのを思い出し、微笑した。
今度上官が見舞いに来る頃に、あいつを呼びつけてやろう。もう上官と顔を合わせなくて済む筈だ。
そしてまた毛布に潜り込み、今度こそ目を瞑った。
少佐が眠りにつく頃には、ヤカンの水は無くなり、かんかんと音をたてていた。



ヘミングウェイの同タイトルの小説を下にしてみました。
顔を触る=ゲイの象徴ってのが成る程ぉ!と思いまして。 最後の新米兵士はZ君のイメージです。天然なのか駆け引きのプロなのかは読む人次第。
空気中の水分保有度が高くなるほどエロを心がけてみました。
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