To be ,or Not to be ?
息せき切ってアラブ服をはためかせ、部屋に男が飛び込んできた。
この地、この国柄で急を要することは珍しい。
部屋の中に居た男はちょっと振り向いた。背筋がぞくりとするような美形だ。
「サラーム」
イギリス訛りの発音だ。
「・・・?サラーム。確か、ヴィンセント・サイクス殿」
「ヴィンセントで結構です。サーリム・アル・サバーハ殿」
「では、ヴィンセント君。この絵を買い戻したいとお聞きしたのだが」
手放したのが惜しくなったとでも言えば、この英国人どうしてやろうか。
「れっきとした、贋作、だからですよサーリム君。幾人もの鑑定家が騙されたほどの一品とはいえ、本物と称して売ったとあれば、家の名に傷がつきます。」
「それはよい心がけです。そういう輩は昨今多いですからな」
「ええ・・・まあ・・・」
言葉を濁して目を額縁に落とした。
銀細工の額はそれだけで美術品としての価値もありそうだったが、絵に描かれた少年の金髪に比べれば、輝きのなんと劣ることか。
音を立てて額を外し、サバーハの手に乗せた。ずしりとした重みと冷たさが手に伝わった。
「お返しします」
そう言って会釈をし、絵を持ったまま部屋から出て行ってしまった。
入れ替わりに恰幅のいい男が入ってきた。
「久しぶりだな、サーリム」
「ご無沙汰してます叔父さん」
抱き交わした後、話題は今の男に移った。
「いい絵だったがなぁ・・・贋作と知っては飾っておくわけにもいかんし、引き取ってくだすったのは好都合じゃった」
「それはようございました。しかし壁が寂しくなりましたな」
「そんな心配はいらぬ。なんでも、近々、本物が手に入る当てがあるとか」
「!!」
常ならぬ思いで今逢ったばかりの男の顔を思い出そうとした。
やはり背筋が寒くなった。
【1】
つまりは休暇のような仕事だ。
嫌になる程快調に飛ぶルフトハンザの中で、少佐は朝の電話を思い出していた。
「お早うエーベルバッハ君。早速だが今日の任務だ」
「なんですか部長、今日は馬鹿に早いですね」
一寸沈黙があった後、部長は早口で喋りたてた。
「5年前の東西首脳平和会談を覚えているかね」
「俺は嫌な事は忘れる主義ですから」
「要するに覚えているのだな・・・・・ノイエ・ナチスのテロ活動防止の為、NATO、CIA、KGBが揃い踏みした訳だが、今になってCIAの控え室になっていた部屋から盗聴器をNATOが発見した訳だ」
「未回収の盗聴器なんて間抜けな部下ならよくあることです。5年も前ならもう時効ですよ」
「KGBとの取引で返却が決まったんだが、CIAがごねてな、どうやら当時の上官への悪口がはいっとったらしい」
「なにやら・・・ちっぽけな話ですな」
その程度の話なら、朝6時前に電話を掛けてくる必要もないじゃないか。
「当時の上役がいれば良かったんだが、生憎2年前に亡くなったそうでな、君に仲介役の白羽の矢が立ったんだ。テープを会場まで持って行き、CIAに内容を聞かせてからKGBにテープを渡すだけの仕事だよ」
一呼吸おいて、部長は叫んだ。
「テープはイギリスのNATO事務局にある、君は大至急イギリスに飛んで、調停役を務めてもらいたい!」
では切るぞと言うより早く受話器を置く音がした。
部長め、俺と顔を会わしたくなくて電話をよこしたな。
むっつりと黙ったまま、少佐は受話器を置いた。朝の気分が台無しだった。
時差もあって、午前中に出てから大学総長の家に着いたのは夕暮れ近かった。
静まり返った森の小道の中を、黒塗りのベンツが影のように走り、ライトが昼なお暗い闇を照らす。
変わりない、ろくな舗装もされていない道路。見上げると、頂に白い塔がちらほら見えて、思わず、ブレーキに足がかかる。
「絶対、からかわれるな」
一言口に出した瞬間合図するかのように、後ろから威勢のいいクラクションが攻勢をかけた。
バックミラーに赤い車体が写っている。
「馬鹿野郎!」
振り向くと、伯爵が大きく手を振っていた。
「もう捕まったか・・・」
むっとしながら少佐はドアを壊れるほど乱暴に開けた。
「やあ、こんにちは。私の城に来てくれたのかい?」
「そんな筈ないだろう、任務だ忍務!」
少佐の怒鳴り声に、伯爵はちらりと目をそらした。
「別に私はどっちでもいいけどね。会えて嬉しいな」
そう言って、うふふと笑った。
「よかったら、私の城で休んでいかないかい」
「断る」
「そういわずにさ、今夜はご一緒できないのが残念だけど」
「は?」
「任務だよ、任務」
「お前は仕事だろ」
そう言われて、伯爵はまた目を逸らした。
「お前、いい加減に・・・」
とぼけるのは、と言おうとして、気がついた。目を逸らしたんじゃない、後ろを気にしているのだ。
見ると、オープンカーの助手席に、一人の男が気だるそうにこちらを見ている。
伯爵と同じ青い瞳、金色に輝くさらりと流れる髪、まだ初々しい張りつめた筋肉、形のいい唇に、紅く染まった頬、何よりも強い妖しいオーラ。
一言で言うなら、伯爵によく似た男、となる。
それを少佐語(というものがあるなら)で言うとこうなった。
「気にくわん野郎だ」
「君はそう思うんだね」
肩をすくめて笑いながら、「見ての通り同類だよ」と言った。
「名前はヴィンセント・サイクス。贋作の出所や現在の所持者のリストを管理していてね、随分若いけどこれでも筋金入りなんだ。昔の仕事の件で問題があったらしいんだが・・・」
一呼吸合ってから、囁く様に言った。
「どうやら、私にまいっているらしい」
【2】
森に包まれた家の中は夕方にはもう陽が差さなくなっていた。
彼は暇を持て余していた。
午後には仕事が終わり、食事の後、提供してくれた個室に移った。
見晴らしのよい場所をと配慮してくれたのだろうが逆効果、窓からそびえる城が明々と見えるのだ。
二箱目のタバコに手を伸ばそうとした時、光が下ってくるのが見えた。
夕方すれ違った赤いスポーツカー。
そのまま崖から落ちてくたばっちまえ、畜生。
悪態をつきながらタバコを放り投げベットに倒れこむと、彼の体重でスプリングがギシギシと不快な音を立ててきしんだ。
眠れ、眠らなくては。
明日にはドイツに帰るのだ。
不自然な目覚ましの音で、ようやくまどろみ始めた俺は起こされた。
いや、目覚ましなんて持ってきたか?
クローゼットからぐぐもって聞こえるその音は、携帯の着信音だった。
今何時だと思ってんだ。
「俺だ」
不機嫌な声で電話に出た。
「少佐!ボーナムです、イギリスにいらっしゃると聞いたので・・・」
「挨拶は抜きだ、用件は何だ」
「伯爵が誘拐されたんです!」
「その程度の事で俺を呼ぶな!」
「なんですかその言い方は!!」
どうやら性質の悪い冗談じゃないらしい。
「悪かった、詳しく話せ」
肩で電話を押さえたまま、サイドテーブルのメモを引き寄せた。
・伯爵が外出してから3時間後、犯人からの電話。
・身代金として絵画十数点を即座に要求。
・その後犯人からの連絡なし。
「で、犯人の目星は?」
「それも、どうやら偽名らしいんですが。確か―――」
・ヴィンセント・サイクス。
「そう名乗ったんだな?」
「腐っても伯爵の部下なら知ってるだろうと、そう言って・・・嘲笑って・・・」
そう言うボーナムの声が怒りで震えていた。
「そこにドケチ虫はいるか?」
「え?はい、いますけど」
受話器越しに会話が聞こえ、暫くしてから耳障りな声が聞こえた。
「・・・はい、替わりましたっ」
「お前の信念を頼るのは不本意だが・・・全力で身代金の交渉に当たれ!値切れっ!!」
「言われなくてもそのつもりです!」
・・・その信念だけは流石だ。
「もういい、ボーナムと替われ」
暫く在って、激怒した声がスピーカーでも使ったのではと思うほど拡張された。
「少佐!見損ないましたよ!伯爵の命をそんなに安くないがしろに見てるんですかっ!?」
髪が逆立つという言葉より髭が逆立つという言葉が似合いそうだ。
電話越しなのが残念かもしれない。
「いいから絵画十数点の内、出所や経歴を今のうちに調べろ。犯人の手がかりが掴めるチャンスはそれ以外ない!ドケチ虫の仕事はその裏づけだ」
電話の逆探知などと、悠長に事を構えている暇はないのだ。
「俺はNATOイギリス局に寄る、ひょっとしたら―――銃が必要になるだろう」
そう言って、携帯を握り締めたまま部屋から飛び出した。
車のエンジンを掛けたところで着信音が鳴った。
「少佐!言われたとおりです!闇ルートで高額取引される絵画とは別に、一つだけ小型油絵がありました!」
「タイトルは?」
「ジョルジーネの『若い牧人』です!元所有者は―――プライス卿の養子の―――」
・ヴィンセント・プライス。
ぬけぬけと旧姓を名乗る厚かましさに、ボーナムの悔しさが手に取るようだった。
【3】
天井が高い、窓の無い部屋。
ここは何処だろう、と考えても思いつかない。圧迫感を通り越して威圧感のある石の壁、体の下に敷かれた光沢のある黒いラグ、どれも自分の趣味とは少しばかりすれ違う。
手首に痛みを感じ、見たらアザが出来ている。逃げられないようきつく縛った痕だ。
睡眠薬を飲ませるような念の入れ様なら、もう少し優しくしてくれてもいいのに。
この状況なら、拉致監禁ってとこかな。
そう考えて、ドアノブを両手で押したり引いたりしてみる。鍵そのものは旧式だけど外付け、扉も念入りに地中海輸入のチーク材だ。
諦めて回りを見渡すと、くしゃくしゃになった包装紙に包まれた少し大きめの平たい箱が無造作に置いてあった。
包装紙の破れ目からそれが絵画らしきものと分かる。
近寄ってみると一目で分かった。
『若い牧人』
「―――の贋作ですよ、エロイカ君。本物はあなたが持っているはずです」
こういうのをデジャヴというのだろうか。
概視感に戸惑ったのではない、同じ、しかも更に最悪な状況を2度も作った自分に腹が立つんだ。
扉が音を立てて開き、金髪が奥の闇から抜け出るように現れた。
「今晩和、グローリア伯爵。いや、義父に習ってドリアン君と呼ばせてもらおうかな。どうも君には親近感が沸くからね」
私に言わせれば、悪趣味なナルシストの範囲だ。
プライス卿の趣味も地に落ちたものだと、彼の顔をじっと眺めた。それを困ったことに自分の美貌への賛辞と取ったらしい。
「君のほうが桁違いに美人ですよ」
それは当たり前。
「ところで、此処に私を連れてきた理由は何だ?」
「身代金目的の誘拐です」
「悪名高い有能な計理士の情報を知らないわけじゃないだろうね?」
「君自身と引き換えなら命だって惜しくないでしょう」
「シビアに言うけど、ジェイムズ君の価値観は臨機応変だよ」
「長期戦に持ち込めば不利ですね」
そう言ってからにっこりと微笑んだ。
「そうなったら・・・」
言いながら私の首に手を伸ばした。
「指の一本や二本、贈りつけてやれば気も変わるでしょう」
そんな言葉を吐きながら、彫刻のような顔には歪みや綻びの影すらない。
「さぞお綺麗でしょうね、真っ赤な血に染まった君の肌は・・・氷漬けなんて無粋な真似はよしたいです」
ぞっとする悪寒に耐えながら私は冗談めかして言った。
「指を切られるのは勘弁して欲しいな、仕事にならなくなる」
「では耳を切り落としましょう」
ぞく!として、思わず私は耳を塞いだ。
この男なら本気でやりそうな気配だ。顔色一つ変えず。
「簡単に言うけどねヴィンセント、君が幾らプライス卿の財産を使い込んだといったって、そう簡単に無くなる量じゃなかっただろう?」
「ええ、そうです。しかし実際に私が手にした遺産はそのうちの一部に過ぎないとしたら?」
ヴィンセントの口元が曲がった。
「プライス卿は財産を密かに分割していたんです」
彼の説明という形を借りた故人の中傷をかいつまむとこういうことになる。
プライス卿は無くなる直前に全財産の3/5をスイス銀行の隠し口座に預金していた。
その時の暗証番号を若かりし頃の思い出として感傷的に美しき恋人に因んだと。
「僕はプライス卿に君の事を散々聞かされた。年老いて尚君を忘れられなかったのでしょうね・・・最後には君に全財産を譲っても構わないとすら言い出しました。危ないところでしたよ」
私は今、胸に楔を打たれた気がした。
「まさか・・・君が」
ヴィンセントは何も言わずただ冷酷に微笑んだ。
「僕に必要なのはこの贋作だったんです。義父はこの絵が贋作だと自分だけに分かるよう、絵の裏にナノ単位の文字を綴らせた」
その数字は、ドリアン少年の誕生日だった。
「じゃあ、何故私を誘拐する必要がある!」
私は遺産など知らなかったし、興味もない、そのまま放っておいてくれればいいじゃないか!
「残念ながら、義父は私が金策に本物を手放すのを予知し、君がそれを得ると信じていたようでね。『若い牧人』が遺産の相続権を得ていたのだよ、だから『若い牧人』の真作が無ければ遺産は得られないという訳だ。伯爵、あなたへの老人の執着がどれだけのものかお分かりでしょう」
「違う!プライス卿は純粋にあの絵を愛していたんだ!」
言うなれば、孤独な少女がたった一人の遊び相手だった人形に自分の宝物を分け与えるのと同じく、死を目前にした老人はそうするしかなかったのだ。
この奢った若者に何を与えたところで、いつかは捨ててしまうのだから。
「しかし、晩年は唯過去への未練ばかり強すぎる老人だ」
その口調からは、最早愛情など伺えない。
「そう言う訳で、あの絵がどうしても必要なんですよ。」
そう言って、胸ポケットから鞘のついたナイフを抜き取った。
きらりと鋭利な刃物が光を放つ。
思わず逃げ場を求め、じりじりと足を移動する。
「その身の軽さは流石ですね、でも君は僕から逃げられない」
そう言った瞬間、ナイフが手から離れて直進してきた。
右に避けようとした時、背後にあるものに気がついた。
しまった!
わき腹を鈍器で殴られたような鈍い感覚が襲いかかり、思わずその場に崩れ落ちた。
血が床に丸く滴り、次に繋がって落ちた。
「ほら、言ったとおりでしょう。義父も君も相当の馬鹿ですよ」
「・・・プライス卿もこうやって殺したのか」
「まさか、他殺じゃ遺産なんて貰えやしませんよ」
にこやかに笑う顔ほど、恐ろしいものはなかった。
「じゃあいよいよ、耳を落としますか。
それともさっさと死―――」
「人を殺して喜ぶな、馬鹿者!!」
どちらが先だっただろうか、聞き慣れた声と銃声が叫んだ。
ヴィンセントの顔が引きつったまま膝を着き、ぐらりと重心を失って体ごと倒れこんできた。
避けそびれて衝突した死体から、生暖かい血液が体に噴きつけてきた。
死体諸共倒れこみそうになった時、がっしりとした手に肩が包まれた。
「・・・え、少佐?」
これって夢なんじゃないの?
動揺と失血で朦朧としていた為か、その後の少佐の言葉で気を失いかけた。
いや、本当に気を失いつつあったのかもしれない。
「大丈夫か伯爵!頼むから、大丈夫だと言ってくれ!」
もはや傷がなんだ!
「大丈夫、大丈夫だよ、少し脇腹を刺されただけだ」
落ち着いて話そうと努めたのとは逆に、心臓は自制を失っていった。
少佐の手が服の裾を捲くり上げ、傷口に触れた。
「そうだな、この程度じゃ死なん」
そう言いながらも顔色は変わらなかった。
床の上の血液は、広がり混ざり合い、どこまでが自分の血か判じようもなかった。
「一応、止血だけしとく」
そう言って立ち去った後、どこからか両手にシーツと毛布を抱えて戻ってきた。
「痛むか」
「―――いや」
「なあ―――」
手際よく布を裂きながら少佐が口を開いた。
「傷に動きや遊びが無い。お前、逃げなかったのか?」
「・・・ちょっと逃げそびれた」
「泥棒なんだ、鬼ごっこはお手のモンだろ?」
それを言われると確かに情けないかもしれない。
痛みが増して、思わず目を伏せると、
「どうした」
間髪入れず聞いてきた。
「―――血を見るのが怖いんだ」
「馬鹿」
そう言いながら、破いたシーツをあてがい、くるくると抱きしめるように巻いていく。それがよっぽど恥ずかしかったのか、急に少佐の口の回りが早くなった。
「お前の傷に避けようとした跡が無いんだ。それどころか、ナイフを抜くのを遅らせようとした節もある。普通じゃ考えられない、わざと刺されたとしか思えない。お前一体何を考えてた?」
それを曝け出すのは躊躇いを感じた。
「・・・・それがさ、」
「何故だ?」
「その・・・・私の後ろに・・・・ジョルジ−ネの『若い牧人』があったんだ」
その意味する所が判るなり、少佐の顔がみるみるしかめっ面になった。
「・・・・馬鹿!!!」
俺には理解し得ない、とばかりの強烈な罵声だった。
正確にはその贋作、と言ったら、どんな反応をされたんだろう。
頭を振るなり立ち上がり、携帯を取り上げて電話をしていた。
「―――ああ、俺だ。伯爵は保護した―――負傷している、出来れば地元の警察に掛け合ってから来い」
電話を切ってから少佐は言った。
「すぐ来るそうだ」
「――そう」
不意に悪寒がして、身震いをした。
「大丈夫か、顔が白いぞ」
そう言って額に触れてきた少佐の手が熱っぽかった。
「君の手は暖かいね」
「おまえが冷たいんだ」
そういった後で、そばに放置してあった毛布を掛けてくれた。
「寒くないか?」
「・・・・少し」
「―――そうか」
そう言って少佐は思案気に上着を脱いだ。
布団代わりに掛けてくれるのかと思っていると、既にシャツのボタンをあらかた外し終わっていた。
「・・・え、少佐?」
少佐がちらりとこちらを見た。
「黙って寝てろ」
言うと、頭の上に脱いだばかりのシャツが覆いかぶさってきた。
手で払った直後、急に背中が熱っぽくなった。
「!!」
振り返ろうとすると、少佐の手に押しとどめられた。
「じっとしてないと、本当に夜明けまでに冷たくなるぞ」
そう言って背後から、ぎゅっ、と抱きしめられた。
心臓が締め付けられるように苦しい。
広い背中から、絡みついた足から生きた体温が伝わってくる。
耳元から少佐の息遣いまでが聞こえてくる。
この瞬間を逃したくない。
体中の細胞が覚醒していく。
「伯爵、」
「何?」
その時、首筋に冷たく硬い感覚が押し付けられた。
「少しでも俺に欲情してみろ、すぐに撃ち殺してやるからな!」
そんな言葉を耳元で言わないでくれ!
君の熱、君の体を感じてまで、そんなことを言うのか!
君の匂い、君の寝息を知ってまで、そんなことを言うのか!
・・・・・寝息?
はっと気づくと、少佐の息遣いは規則正しい寝息に変わっていた。
ああ、なんてことだ。
どんな無防備な夢をみているのか。
君の寝顔を見たい。
でも、
そうしたら、
見るだけじゃ済まなくなってしまう。
君の肌に触れたい。
でも、
そうしたら、
君に撃ち殺されるかもしれない。
それで本望、と心のどこかで思う野性と理性が拮抗する。
ああ―――
To be, or Not to be; That is a question…….
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