『桃色の棺』









 戦争が終わったら、もう一度幸せな家庭を作ろう。

 そう言ってくれた人に私は戦場から連れ出された。

 理由は、戦争が終わったから。

 私の居場所は無くなったからだ。



「大きな荷物があると言ったから何かと思えば。君は不思議な子だ」

先の大戦で新型モビルスーツジンクスへの移行が完了した。任務を終え、スクラップにされかけたタオツーを、荷積扱いでクレーンを使い運んでもらうのを眺めている途中、父が言った。

「私のモビルスーツです」 

塗装のピンクは所々剥がれ落ち、黒く焦げて、地の金属が剥き出しになっている。しかし自分の手足であった大事な機体を置いていくわけにはいかなかった。

「かまわないが・・・」 

そう言って父は言葉を濁した。 科学者だったという父が、どういう目的で私を製造したのか聞くことが今でも出来ないでいる。そしてどういう風の吹き回しで私を引き取る気になったのかもだ。

 淡い色の、やけにひらひらした服を着せられて、落ち着かない気分だった。

 沈んだ顔をのぞき込まれるのが嫌で、格納されていくタオツーばかり眺めていた。

「誰か見送りに来てくれている、行ったらどうだ」

 肩をたたかれ振り返ると、見慣れたカーキ色の軍服を着た中佐が立っていた。

「中佐・・・」

 中佐は父に一礼すると、私に向き直った。

「散弾は全て抜いてある。軍需品ではなく作業用アンフ・ティエレンの亜種扱いでないと搬入許可が下りなかったのだよ。それからこれが書類の控えだ」 

 受け取りの時に必要になるかもしれないと1枚1枚説明してくれたが、殆ど意味が分からなかった。

 曖昧にうなずいていると、中佐がぽつりと言った。

「少尉にご家族がおられたとはな・・・」

「私も知りませんでした」

「君と別れるのはつらいが、幸せになるよう祈っている」

「中佐もお元気で」

 普段通りお互いに敬礼を交わすと、中佐がぼやけてみえた。

「泣くんじゃない、またいつでも会える」

「はい」

 ゆっくりと額に構えた手をおろすふりをして袖で涙を拭いた。悲しさのあまり胸が刺されたように痛んだ。

 もう間もなく搭乗時刻だ。

 父に手を引かれながら後ろを振り返る。 雑踏の中に中佐の姿を確認した時、自分が何を望んでいたかを知った。

 ずっと中佐の隣にいたかった。

 厚い扉が閉められた時、もう中佐に会えないのだと悟った。

 

「窓際に座るか?」

 いいなりに私は窓側の席に座った。 地球までの時間を考慮してだろう、パックのドリンクと軽食が用意されていた。

 離陸、とでもいうのだろうか。衝撃に備え、シートベルトを締める。機動エレベーターは滑るように動きだし、ある瞬間に体がふわっと持ち上がった。

 なんて軽さなんだろう。

 タオツーに乗ったときのGを思いだしながら比べてしまう。

 地球に戻ったら、少しでも手入れをしてやらなければ。

 時々はコックピットに座ってやらなければ。

 地球までの気まずさを、そう考えることで紛らわす必要があった。 

  突然アナウンスが流れた。

 

『所属不明のモビルスーツ群接近、現在交戦中の模様』

『機動エレベーターは安全空域に移動後停止し、最寄の基地に救助を求め・・・』

 慌ただしく行き来する添乗員の影と足音、速度を上げた為激しく揺れを感じるにもかかわらず、窓の外の小さな点は新型らしきモビルスーツへと形を変え始めた。

 

「なぜ非戦闘区域に新型のモビルスーツが・・・」

 狙いは私か。

 直感的にそう思った。

 立っていれば後ろに倒れそうなほど急激な反動をつけてエレベーターが止まった。

「席を立たず、指示に従って下さい、指示に、」

 添乗員が制止するにも関わらず、周りに座っていた人々が席を立ち、ドアに向かって突進する。

「来なさい、直ぐシェルターに向かう」

「でもタオツーが、私のタオツーが!」

「そんなものはいいから!」

 お父さん、そう呼ばなければならない見知らぬ人に手を引かれ、人混みの中を押し退けあいながら進んでいく。詰めてくる大人に押しつぶされ息がしにくい。

 ドアが開いた途端、人の波に飲み込まれた。

 繋いでいたはずの手は空をつかんだ。 辺りを見回す暇もなく突き飛ばされ、人混みの中に投げ出される。

 

 

「中佐!」

 

  叫んでから気がついた。

 

  私を守ってくれる人はここにはいない。

 もと来た道を戻るため、人の波を全身を使いかきわけ、船積のハッチに向かう。金属製の重い回転式のハンドルを苦心しながら回し、やっとのことで滑り込める程度の隙間を開けた。貧乳はステータスだ。

 タオツーに足をかけてよじ登ると、ロックを解除する。ハッチを押し上げ、ひらひらしたワンピースを脱ぎ捨て、操縦席に置いて持ってきたパイロットスーツを急いで装着する。

 動き始めると側の積み荷の結束バンドが切れ、音を立てて崩れ落ちれる。倉庫の搬入口に体当たりし、外へと降り立つ。モビルスーツが待機し上空めがけ交戦準備中だった。

「人革連予備役中尉、ソーマ・ピーリス、援護する。機関砲を!」

「頼む!アンノウン3機接近中!」

 受け取った武器を手に何機かのモビルスーツと共に領空の境界らしき空域へと向かう。

 

 モビルスーツは全てGN-X、ジンクスの量産機だった。

 新型相手に、もはや旧式のタオツーでどこまでやれるか。そんなことが頭をよぎった。

 心配はいらない。

 中佐だって、ティエレンであれだけの武勇を立てたのだ。 放ってくるビームライフルを避けながら叫ぶ。

「非戦闘区域、機動エレベーターで発砲するなど!」

 試しにエレベーターから距離を取る。モビルスーツはタオツーめがけ突進してきた。 火気をぶつけ合わせた衝撃で火花が散る。威力はこちらが上回るものの、こちらより飛距離のある武器を使われたらおしまいだ。1機と適当な距離をとっても、他の2機がファンネルの類を使う可能性だってある。 

 その時、無線のスイッチが自動的に入った。

『少尉、聞こえているか』

 たった2、3時間前に別れたばかりなのに、無性にその声が恋しく聞こえた。

「中佐、何故・・・」

『数分前に現地地上部隊から連絡が入った。今そちらに向かっている。20分、いや15分もたせろ』

「了解」

『無線はオープンにしておけ』

 音声は途切れ、エンジン音の低重音がうなるように響き続け、合間に機体の軋(きし)る高い金属音が飛ぶ。

 ほっとしている暇はない。 両側から攻めてくる機体の内1機に体当たりをかけ手持ちの武器をむしり取る。 コックピットめがけ振り下ろした。 いとも簡単に装甲が空間を埋めるようにひしゃげた。

 もう一機に体当たりをかけ、コックピット部分を押しつぶす。

「他愛なさすぎる・・・もしや」

 

 次の言葉を言おうとしたとき、腕がびくとも動かなくなった。

 ”そうだ、囮だ”

  頭の中で声が響いた。

「だ、・・・だれだ」

 しびれてもつれる舌を咬みそうになりながら必死に口を動かした。

 ”その質問に答える義務はない、マリー”  

 私をマリーと呼んだ声が響くと、腕が誰かに操られているかのように動き、タオツーもそれに併せて向きを変えた。

 まるで字を習いたての子供のように、上から手を握られて、おとなしく文字を書かされているような感覚。

 ”今君の脳梁に直接命令を出している。操縦は僕に任せてもらおう”

 ぐん、とタオツーが加速した。逆上のあまり顔が熱くなるのが分かった。しかし、もはや指一本すらままならない。

『どうしたんだ、ピーリス中尉!エレベーターから離れるんじゃない!』

 混線したかのように、中佐の声を追って、男の声がスピーカーから響いた。

『いつか対面させてやるよ、暗殺者としてな。これが私の旧人類革新連盟への復讐だ、セルゲイ・スミルノフ中佐・・・』

『誰だ貴様!』

 中佐の怒鳴り声がコックピットに響きわたった。

『超兵ソーマ・ピーリスは貰っていく。僕からマリーを奪ったように』

『被献体・E-57か!』

 

 異変を察知してか、量産機がこちらに向かってきた。

”目障りだな”

  その一言が頭の中で響くと、指が銃の一部であるかのように発射装置を押した。 閃光が彼方へと伸び、僚機の胸部に命中した。

 私のコックピットは絶叫で埋め尽くされた。

 ”まだだ、もう一機”

  ビームサーベルを持ったGN-Xがタオツーと機動エレベーターの前に立ちはだかる。

『中佐がやらぬなら、私が!』

 パイロットは機体を接触させ、生身の声を伝えてきた。サーベルを起動させ、タオツーの頭部に切りつける。コックピットが激しく震え、モノアイのカメラを通した映像が歪む。体勢を立て直したタオツーは、易々とジンクスの背後に回り、疑似太陽炉に集中砲火を浴びせ、機体を爆発させた。

 スピーカーから割れるような絶叫だけが届いた。

『マリー、マリー。”ソーマ・ピーリス”はもう居ないのだとロシアの荒熊さんに教えてやるんだ!』 

敵機に命じられるままに進んでいた機体は向きを変え、エレベーターに向けて銃を構えた。

 

 同じだ、あの時と。

 

 最初にタオツーに乗ったあの時と。

 

 だが私が今狙っているのは低軌道ステーションではなく、機動エレベーターに沿いこちらに向かってくる一機の指揮官型ティエレンだった。

 

 涙が頬を伝った。

 

「中佐・・・どうか、タオツーの動力供給を止めて下さい・・・」

『馬鹿なことを言うな!その高度でスラスターを停止させれば地球の重力に引かれる!』

 中佐の怒号がコックピットを振動させる。

『諦めるんじゃない、ピーリス少尉!』

 中佐の怒号と、敵の高笑いがコックピットに響いた。

 

 目も眩む閃光がタオツーから放たれた。 前方のデブリが黒い影だけ残し散っていく。

『少尉!』

 私も、そして中佐も、タオツーが本当に攻撃を仕掛けるとはこころの奥底では信じていなかったのだろう。その甘さが中佐の回避を遅らせた。

 

 ティエレンの左足に着弾。

 爆発音が鼓膜を狂わすほどに伝わってくる。

 

『ピーリス少尉…』

 未だ信じられない、といった声音が、中佐の動揺を表していた。前へ進もうとしたティエレンが、同じ所をぐるぐる回っているのに気がついた。メイン推進装置のスラスターは右足しか機能していない。今の攻撃によって左足は吹き飛ばされていた。

 もうサブスラスターでは追いつけない。

 

「構わず・・・このまま敵に捕らわれるより、部下として死なせて下さい・・・罰を・・・」

 

 “罰”。文脈如何に関わらずその言葉を口にすることは、“ある”死を意味した。

 

 息を呑んだのだろう、中佐の声が途切れた。

  それは、切なる私の願いだった。

 中佐はなにも答えなかった。 だが、私には、その沈黙の意味が痛いほど分かった。

『いいだろう・・・ソーマ・ピーリス少尉。僚機の破壊、敵側への逃亡だけでも十分な罪、死で償うというならそれもよかろう』

 

 ロックオンされたことを示すようにコックピット内部が警報ランプで赤く染まる。グリーンのランプがオレンジ、赤へと次々点滅している。

 ”殺る気かよ!マリー、早く来るんだ!”

  「ハネツキ」が姿を現し誘導しようとする。

『少尉を連れて行く気か』

『”俺のマリーだ!”』

 敵は強引だった。

『そうはさせん、私自身で引導を手渡すつもりだったが…すべきことをせねばならんようだな。タオツーのコックピットを完全にロック!機体動作、及び生命維持活動に必要な全ての動力供給を停止する!例えどこへ連れ去ろうとも、お前の手には渡さん!』

 

 それこそ今の私に相応しい、脱走兵への処罰だった。

 被検体E-57が叫んだのが聞こえた。

『…やはり体質は変わらないな!俺を捨てた時そのままだ!』

 中佐を責めるその声は、彼の悲痛な叫びにも聞こえた。

『何故だ!俺との戦闘を中断してまであんたを助けに行ったじゃないか!あんたにとってマリーは、ソーマ・ピーリスはその程度のものだったのかよ!』

 中佐は、何も答えなかった。 貴方が、中佐が己を咎める必要はどこにもないのに。

 ゆっくりと動作を停止し、地球へと降下しようとするタオツーを「ハネツキ」が受け止め、背中を押した。

 そしてそのままここから離れるよう誘導する。 

残された動力を復帰させ、機体は再び動きはじめた。

  機動エレベーターを離れ、中佐の指揮官型ティエレンが段々と姿を小さく変え、ついには見えなくなり、それでもまだ機体は動いていた。

 時折、気遣うように「ハネツキ」が距離を縮めてこちらを窺い、また先案内を務める。    

 既に計器が最小値の目盛りを割って久しい。

 どのランプも点滅するか電源を落としている。

  最早、自力での脱出は不可能。

 救援を求める信号さえも途絶えがちだ。

 モニターの画面を見れば体温はゆっくりと下がり、30℃を割ろうとしていた。これから25℃にまで下がれば自発呼吸は停止し、まるで凍死したかのような状態に陥る。

 

 動力だけが生きているのは、言い換えれば自分の死を目視し恐れおののかせるため。味方を故意に殺害するなど悪質な軍法違反を犯した囚人に与えられる刑罰でもある。人工カプセルの中で誰の目にも留められず宇宙の果てへと只流れていく、命を、そして死すらも奪われた躯を目にしたこともある。

 怖い。

 いや、中佐が、必死になって自分を捜しているはずだ。

 必ず、先の戦闘を生き延びて帰るのだと互いに約束を交わし、互いにその約束を果たしたのだ。

 ヘルメットに空気漏れがないか、吐く息が白くバイザーを曇らすことで確かめる。それがあまり意味のない行動だとは分かっていたが、機体の中で仮眠を取るときの癖をつい繰り返してしまう。

 

 

 後、どのくらい酸素が残っているのだろう。

 温度調節以外の全ての電源がゆっくりと消える。死にかけていたモニターが外の景色をゆっくりと消していく。前を進んでいくモビルスーツがこちらへと舞い戻るのがうっすらと瞼にやきついた。

 やけに、眠い。

 

 涙が俄に凍り付いていくのが頬の感触から分かった。

 指先足先が冷たく痺れ、感覚を失っていく。

 

 

  目を閉じたソーマの口元は、僅かに微笑んでいた。

 

 

 ***

 

 

 『ハッチを開けますか』

『いや、宇宙空間では避けた方がいい。天武に着いてから処理班に任せる』

『中佐は・・・まだ信じているのですか、パイロットが生存していると・・・』

『君は信じていないのかね』

 

 そう言って無線を切り、後の操縦はマニュアルからオートに切り替える。メインカメラでは機体ごと振り返らないと背後が見えない為、目的地に着くまで後ろに繋がれたタオツーは目視できない。

 

 残された機体の損傷は酷いものだった。脱出口を探すように、そしてパイロットを奪取できなかった嫌がらせのように胴体は二分され、手足はずたずたに寸断され、タンクにまで到達する深い爪痕が残されていた。コックピットのハッチには、こじ開けようとした歪みがあった。燃料が底を尽いていたのが逆に幸運だったと言えるだろう。引火すれば機体は一瞬にして炎に包まれ、タオツー本来の桃色の塗料など識別できないまでに焼け落ちていたはずだ。

 それだけの被害があったにも関わらず、コックピットだけは、パイロットを守るかのように頑なに閉ざされていた。

 だが、それは死者の棺かもしれない。 冷凍冬眠しか術がなかったとはいえ、それを適応するのは躊躇いが残っていた。

 それでも、生きていると信じたかった。

 ガンダムのパイロットを、軌道エレベーターを死守した一方で超兵機関を爆撃した、あの2面性のあるパイロットのことも、彼はソーマを殺すことはないだろうと妙な確信があった。

 整備係にくれぐれも慎重にと言い残し、距離を取る。

 カッターと機体が接触し、火花を散らせながらコックピットを正方形にえぐる。

 

 どうか、どうか生きていてくれ。 高い金属音と鉄の匂いがが部屋の壁に響きわたり、否応ない緊張が立ちこめていた。

  音を立てて保護パネルが床に落とされ、作業場に声が響く。

 

「パイロット1名生存確認!呼吸器装着急げ!」 

 

慌てて側に駆け寄る。 意識を失い、ぐったりとしたソーマがコックピットに横たわっていた。

「生きているのか?」

「信じろと言ったのはあなたでしょう。意識が戻るには後2日はかかるでしょうが」

「・・・よかった」

 ヘルメットが外され、長い髪の毛がシートに流れる。医務室の人間の手から酸素吸入マスクをむしり取り、彼女の口元に結わえるとすぐに小さな体を抱き抱えた。

「急いで医務室へ!」

「中佐!担架が来ます!」

「・・・」

 周りに苦笑されたとき、ソーマの長い睫毛が震えたような気がした。

 

 うっすらと開く金色の、視線の定まらない瞳。

 その瞳が、一瞬私を捕らえ、そして伏せられた。

 

 雪のように白い髪と、次第に血の気を帯びていく唇。

 

 

  もう大丈夫だ、君をどこへも行かせはしない。

 

 そう言うかのように小さな体を抱き締めると、担架の方へゆっくりと歩いていった。


00版白雪姫が書きたかった。今頃タオツーを書いているあたり、本編展開の速さについていけてないのが偲ばれます。

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