『不幸な子供』
素早く、肉食動物の目から逃れ姿を消すガゼルの様に、見慣れない制服の男の側を何気なくを装いソーマは通り過ぎた。
男の視線もハイエナやコヨーテのそれだった。
体はどこも動かすことなく、肉の品定めをするが如く、通り過ぎる少女の整った顔、細い腰、小さな尻、引き締まった足を追って視線だけが動いた。
戦況は混沌を極めている現在、人革連の基地にAEUの制服を着た男が居てもなんの不思議もない。
しかし、さにあらん、ソーマにとって、この男から受ける印象には、その人慣れしない性格故以上に関わりになりたくない何かがあった。
感情ではなく、本能的なものから少女は男を避けた。
「ソーマ・ピーリス少尉」
名前を呼ばれた瞬間、嫌な感覚が背筋を撫でた。
しかし、名を呼ばれ、振り向いたからには返事をせざるをえなかった。
「何か御用ですか、ゲイリー・ビアッジ少尉殿」
振り返った時青年は体を壁にもたせかけ、笑いかけてきた。
男の外見、風貌は悪くなく、切れ長の目もどちらかといえば爽やかにも見え好ましいものであった。
しかし肉食動物のよう、という第一印象はどうしても拭えなかった。
「ご挨拶ですな、少尉。美人に声をかけてはいけないという法はないでしょう」
「用がありますので失礼いたします」
「まあ待ちなよ・・」
急に馴れ馴れしい男の口調に心の奥でいぶかしみながらも、ソーマはその場を離れようとした。
「待ちなよ、『超兵1号』」
その言葉に振り返ったソーマは、男を無言で睨みつけた。
金色の瞳が爛々と光る。
「あんた、何時まで人革連(ここ)に居るつもりだい」
ソレスタルビーイングによりマスコミにリークされた情報は、AEUにも届いていた。
人革連が超兵機関と呼ばれる研究所を作り、強化された兵士を造り上げていたことは社会的非難を巻き起こした。
研究所が爆撃を受けたこともあり研究自体は永久停止となり、兵士となるはずだった子供達は、残らず瓦礫の下敷きとなったという。
その生き残りが前線に参加しているとあっては興味が湧かないはずはなかった。
眼前にしてみると『超兵1号』という厳つい呼称にも関わらず、外見は清楚な少女ではないか。
それでいて命令に忠実で、並の大人など遙かに凌駕する能力を秘めている。
生きる兵器としてこれ以上のものがあろうか。
アリー自身、長い戦場の中では少年兵を使ったこともある。
そう自我も発達していない彼らの前で神の名を詐称(かた)り、戦場へと導くのはいとも容易かった。
それ故アリーには彼女を口説くことなど造作もないように思えた。
私と君とが揃えば1個小隊分の働きが出来る。
一緒に戦果をを挙げようではないか・・・何度旨い話を持ちかけても彼女は首を縦には振らなかった。
しかし、今日こそアリーは彼女を口説き落とすつもりだった。
アリーは再び同じ言葉を繰り返した。
「あんた、何時までここに居るつもりだい」
「敢えて言うならーーー死ぬまでです」
「死ぬまで・・・ね」
なら死ねなかったらどうするつもりだい、とアリーは続けた。
「この戦争はもうじき終わるよ・・・ひとまずは」
30機のGN-Xとガンダム。
戦況は一進一退だが、じわじわと確実にソレスタルビーイングは追いつめられていった。
じきに雌雄を決するだろうし、その結果は明らかだと見えた。
「そうなったら、ここにあんたが居る意味は無くなる。そうなれば、あんたはどうなるんだい」
元来た超兵機関は既に存在しない。
アリーはその先を続けた。
「良くて戦線離脱、悪くて処分、だろうな」
使わない兵士を手元に置いても仕方がないし、”使わない”と”使えなく”なるのだ。
メンタルに異常なまでの負荷をかけられる戦場をはなれ、いざ枷を外されると途端に兵士は脆く崩れ去ってしまう。
それは幾多の少年兵を使い棄ててきたアリーが一番良く知っていた。
それまでしてもソーマは無表情だった。
「そうなればここに居る必要などない、私は君が心配なんだ」
戦争のために兵士として教育された子供は、戦場から足をあらうことなどできない。
計らずともクルジスの元少年兵・ガンダムのパイロットの存在がそれを証明していた。
戦争の根絶だなどと言っているが、結局は戦場に舞い戻りたい理由を探しているだけなのだ。
アリーは、勝手にそう思っていた。
あの少年こそ、ソレスタルビーイングの理念を根底から覆すのだと。
しかし、所詮只の子供。
MSの性能だけに頼り切った只の子供。
己の技をそっくり写し取っただけの劣化したコピーだ。
ソレスタルビーイングの理念である平和のための武力介入などと、冷静に考えれば矛盾もいいところなのに、それに気づいているのかいないのか、依然と同じく言葉少なで計りかねる。
「君ほどの能力を持った者が、その力を発揮できないのは不幸だ。どうだ、私と来ないか」
「私は・・・」
男は内心ほくそ笑んだ。
彼女は紛れもなく超兵だった。
彼女の眼がなにより物語っていた。
戦場の極限状態のために生み出され、それを求める女だ。
気持ちが揺らぎかけているとみて、さらに一押しをと、横に回り、肩に手を回す。
少女は顔を強ばらせた。
布継ぎの無いパイロットスーツの上から、肩から背中、腰へと撫ぜる。
暗い情欲が口元に笑みとなって浮かび、体を屈め、顔を近づけて少女の唇を舐めた。
「勿論、君を大切にする」
その言葉に嘘はなかった。
肉ならなんでもいい、という飢えきった時期を過ぎれば、より旨い肉を味わいたいに決まっている。
少女の唇は柔らかく乾いていた。
色素の薄い金色の瞳は、呆然と焦点を定められずにいた。
きめ細やかな頬は青ざめ、体を押しつけると薄い胸を通し早鐘のような鼓動が伝わってきた。
足がかすかに震えている。
体温が高い。
子供で、しかも女。
まだ成長しきらない体を、昼夜で灼熱と極寒を行き来する戦場で、夜毎犯し続けてやりたい。
初めは抗(あらが)い、冷たい殺意を抱いたままなぶられていても、じきに抵抗する気力もなくなるだろう。
そしてそのうち快感に身を委ねざるをえなくなる。
「来るんだ」
まだ否というなら、力ずくで。
その時、ふいに低い男の声がした。
「不躾だな。乙女が嫌がっているではないか」
声のする方向を見た少女の顔が、ぱっと生気を帯びた。
「誰だこんな時に―――」
アリーが横に向くと、そこには長身の、顔に大きく傷が残る男、ソーマの上官であるセルゲイ・スミルノフ中佐がアリーを威圧していた。
「ピーリス中尉に余計な事を吹き込むような真似は止めて貰いたい」
男は抗議した。
「優秀な兵士(コンバット)を自分の指揮下に収めたい、将官としては当然の事でしょう」
「果たしてコンバットかな。その様子ではココットともつかぬ」
男は言葉に詰まった。恥入った、というでもない、あまりに直接的な表現だったからだ。
「子供の前で随分なことを仰る」
「子供だからこそ潜む危険は知らせねばならん、少尉!」
蛇に睨まれたように竦んでいた少女は、弾かれたように上官の元に駆け寄った。
アリーは舌打ちした。
あの様子じゃ、誰のココットだか知れたものだか。
男と少女に背を向け、アリーは足早に遠ざかっていった。
固い床に男の足音が響いた。
遅れて少女の足音が気忙わに続く。
「中佐、あの人は・・・」
男に隙を見せた言い訳を探し、ソーマは言いよどんだ。
「あの男はゲイリー・ビアッジなどではない。本名をアリー・アル・サーシェス。6年前アザディスタンの地でゲリラ戦を続けていた男だ。その時の手駒の一人が今のガンダムのパイロットだというのはAEU内でのもっぱらの噂だ」
自分が育てた兵士を、自分を神と同一視してまで崇めさせ畏れさせ傷つけ弄び感情を失った少年を、彼が反旗を翻すやいなや、今度は自分の手に掛けんとしている。
それを彼は専ら楽しんでいるのだ。
上官である立場をしても、セルゲイには理解できなかった。
「それよりも、どこも痛めてないだろうな」
不安げな声で荒熊が訊ねた。
「・・・大丈夫です」
ソーマはごしごしと袖で唇を拭いた。
「あの男には近付くんじゃない、不幸な子供を増やすだけだ」
ソーマは瞬間心が揺れたことを思い出していた。
それは、彼への共感(シンパシー)というより他無かった。
彼からは、気圧されるまでに戦いを求める匂いがしていた。
今人革連の倉庫に眠る強奪された紅いガンダム。
その彼がその偉業をたった一人でやり遂げた功労者であるのは知っていた。
しかし獲物を追いつめていたのはセルゲイ中佐率いる人革連のGN-X10機であり、彼の手柄もこちらからすれば、横から獲物をかっさらわれた感がするのは否めない。
ソーマは何度もセルゲイに前に出るなと制止され、その度に退いた。
まだ戦える、もっと戦える、戦いたい。
そんな欲望が心の奥底で渦巻いていた。
不満がないと言えば嘘になる。
だがあまりにも、彼の欲望が自らのそれに近しいが故に、己の過去から忍び寄る影のように思えたのだ。
過去の自分、超兵機関に居た頃の自分がそうであったように、戦うことでしか生きる術を、存在する価値を感じられないのだ。
過去の自分がそうであったように。
「あの男も、未だ不幸な子供なのです」
そう言うと、乙女は男の袖を引っ張り、唇をねだった。
END
タイトル案:小さな兵士→子供にかける呪文→さめない魔法(以下略・・・あああ陳腐すぎる)
さんざん悩んで最終的には反射的にエドワード・ゴーリーの絵本のタイトルから。
なんかGロボで似たような話書いてたなぁ・・・こういう鞘当て的シチュエーションが好きなんです。
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